院長 濱洲英星

院長 濱洲英星

B.C.Sc(カイロプラクティック理学士)
1958年生
RMIT(ロイヤルメルボルン工科大学)日本校
現東京カレッジオフ・カイロプラクティック
生命科学部カイロプラクティック学科 CSC6期卒

アクティベータメソッド・インターナショナル(米国本部)

国際上級認定カイロプラクター
熊本県体育協会スポーツ医科学委員会 トレーナー部会元会員(2000~2014)
日本体育協会公認コーチ(空手道)
日本スポーツカイロプラクティック連盟(J-FOCS)会員

JAC(日本カイロプラクターズ協会)会員

地元高校卒業後、地元リハビリステーション科に13年勤務、退職後、愛知の中部療術専門医学院にてカイロを学び、1991年に開業。

 

【1995~1997】

シオカワスクール、オブ、カイロプラクティックにて『哲学、科学、芸術』の本物のカイロプラクティックに出合う。塩川満章DCに師事し、ガンステッド、トムソン、H、I、O(ホールインワン)などのテクニックを修得。この間 1996年、アトランタのライフ・カイロプラクティック・カレッジとDr,ロイ・スウェット・クリニックにて研修を行なう

【1998】H,I,O(ニーチェストターグルリコイル・テクニック)導入

【2006】Bachelor of chiropractic Science学位取得 (WHO・国際基準の学位)
アクチベーターメソッド・カイロプラクティック・テクニック導入

    NAET(アレルギー除去療法)導入

【2007】アクチベーター・メソッド・インターナショナル本部(米国)国際認定取得

PCRT(心身条件反射療法)導入

【2015】ICCSP(国際スポーツカイロプラクティックコース)170時間終了

【趣  味】 空手道・他フィットネス

【モットー】常にカイロプラクティックの研鑽を積み、地域の方々に正統なカイロプラクティック(本物)を提供する。

院長の歩み

プロレスラー・大仁田厚氏と

プロレスラー・大仁田厚氏と

2011年12月「国際グラフ」人と企業で、プロレスラー、大仁田厚氏の取材を受ける。
肩の不調を訴えられ、施術後に肩が軽くなり動きも良くなったと喜んでもらえました。東京に来た時には、治療をしてほしいと頼まれました。
また、大仁田厚氏の祖父は天草出身ということと、歳も私と同い年という事で少年時代のこととか昔よく見ていたテレビ番組やプロレス、空手、格闘技の話で盛り上がりました。

日本のカイロのパイオニアDr,塩川と

日本のカイロのパイオニアDr,塩川と

1996年、塩川スクール、ガンステッド学部を卒業したころの写真です。
先生には、ガンステッド、トムソン、ターグルリコイル、HIOテクニック、色々なカイロのテクニックを教えていただきました。私の尊敬するカイロプラクターの一人です。

パーマ家、最後のカイロプラクター、Dr,アグネス、パーマーと

パーマ家、最後のカイロプラクター、Dr,アグネス、パーマーと

1996年、ネイプルズにて
パーマー大学3代目学長夫人と感動のショット
彼女は、学生時代からBJパーマーに気に入られ頼まれて息子の嫁になりました。
BJパーマの事を色々、私達に話してくれました。

AOTの創始者、Dr、ロイ、スウエット氏と

AOTの創始者、Dr、ロイ、スウエット氏と

1996年、アトランタ、スウエット・クリニックにて
彼の開発AOT(アトラス・オーソゴナール・テクニック)により、7年間目が見えなかった少年の視力が回復して、一躍アメリカで有名になりました。この翌日より、3日間「ライフカレッジ」にて彼の卒後教育セミナーを受ける。

旭道山氏と母と私

旭道山氏と母と私

2005年、元大相撲小結、旭道山氏より取材を受ける
「国際グラフ」9月号「人と企業」の項目で紹介される。
旭道山氏は、大相撲現役時代から塩川先生のカイロプラクティックのケアをずっと受けており以前に、東京の塩川治療室で出会ったこともあったのでカイロプラクティックの話で盛り上がりました。
ちなみに、私の治療も受けてみたいという事で塩川先生、直伝の「ガンステッドテクニック」で治療を施し喜んでいただきました。

1997年、俳優、大石吾朗氏と

1997年、俳優、大石吾朗氏と

1997、俳優、大石吾朗氏より取材を受ける
「現代画報」7月号にて「地域に貢献する、ドクター登場」にて紹介される。